特定医療法人 杏仁会 神野病院
〈認知症のCさんのケース〉
Cさんは、70歳代女性、元高校教諭で物静かなしっかり者。同じく教員だった夫と長男家族との6人暮らし。退職後は趣味の俳句グループに参加したり、グループのメンバーと旅行に出かけたりして楽しみながら暮らしていました。そんなある日のこと、俳句グループのメンバーの一人から、夫に「最近句会に参加していないけれどCさんは元気にやっていますか?」と電話がかかってきました。これまで通り句会に出かけているものだと思っていた夫は怪訝に思い、Cさんに「最近句会には出ていないのかい?」と尋ねました。Cさんは「今月は句会はありませんでしたよ、何でそんなことを聞くんですか」と少し腹を立てたように答えました。そのようなことがあってから夫や長男夫婦はCさんの行動を気にかけるようになったのですが、そうして見ていくと、これまでとても几帳面で整理整頓や掃除をこまめにしていたCさんが、鍵や財布をどこに置いたのかを忘れたり、引き出しを閉め忘れて物が出たりしていてもあまり頓着しないようになっていることに気がつくようになりました。次第にそういったことが目立つようになったため家族がそのことを指摘すると、Cさんはむきになって反論するようになり、終いには一番何かと世話を焼いてくれる長男のお嫁さんに向かって「あなたが財布を盗ったんでしょう!」と非難するようになりました。自分から進んで外出することも少なくなり、自分の部屋で何をするでもなくボンヤリと過ごすことが多くなりました。一方で夫は、町内会などの役員を多く頼まれていることもあり変わらず外出して家を開けることが多かったのですが、帰宅した時にCさんの表情が険しくなっていることに気づきました。「どうかしたのかい?」と尋ねる夫に対してCさんは、「いえ、別に」とだけ答えてすぐに自室に引き返していたのですが、ある日とうとう堪り兼ねた様子で「あなたXさんと浮気しているでしょう!」と大声をあげました。XさんはCさんが所属している俳句グループの中でもとりわけ仲の良い80歳代の女性でした。夫がいくら否定しても、息子さん夫婦がそんなことはある筈はないと繰り返し伝えてもCさんは聞き入れず、温厚な夫も次第に「いい加減にしろ!」と声を荒げ、あまりにしつこく言われるとCさんに手を上げてしまうこともあるようになりました。以前より長男のお嫁さんはCさんが認知症になってしまっているのではないかと義父や夫に話していたのですが、二人はCさんに限ってそんなことはないと否定していました。しかしここに至っては、流石の夫や長男もCさんが認知症になってしまっているのだろうと受け入れ、現状が少しでも改善し以前のCさんに幾らかでも戻ってくれればと、嫌がるCさんをなんとか説得して私たちの元を訪ねて来られたのでした。