特定医療法人 杏仁会 神野病院
〈統合失調症のDさんのケース〉
Dさんは、20歳代男性。とても物静な性格で、ご両親から見ても反抗期もないほど大人しいお子さんでした。大学入学を機に上京し、大学卒業後も地元には戻らず一人暮らしを続け、サラリーマンとして営業職に就きました。しかし初めての仕事は思いの外とても厳しいもので、特に大人しいDさんにとっては睡眠や食事が二の次となるほど緊張した毎日の連続でした。次第に焦りや不安がつのり、何かに追われているような感じを覚えるようになりました。夏を過ぎる頃には調子の波は大きくなり、頭痛などの体調不良も出現し、体はとても疲れているのに頭は妙に冴えて眠られな日が多くなっていきました。食欲も落ち痩せていき、それでもなんとか頑張って仕事には行っていたのですが、色々なものに対する過敏性が強くみられるようになり、周囲の人の視線がとても気になったり、耳鳴りが続き、時に空耳が聞こえたりするようになりました。なんだか自分の周りで起こることが偶然ではないような、全て自分に向けられているような気持ちになり、そら恐ろしい感じがして、仕事以外では外出することが出来なくなっていきました。年末が近づくと更に仕事は忙しさを増し、そのような中ついに無断欠勤する事態となってしまいました。会社に連絡がないまま3日ほどが過ぎ、電話にも出ないため心配した上司が様子をうかがいに行ったところ、真っ暗な部屋の中で膝を抱えて何やらぶつぶつ呟きながら座っているDさんを見つけました。驚いた上司がすぐにDさんのご両親に連絡を取り、翌日上京したご両親に連れられ地元に戻って一先ず休養することになりました。実家に戻る新幹線の中では、誰かと会話をするかのように独り言を呟き続け、窓際の席に身を隠すよう縮こまって座っていました。誰かが通路を通るたびにビクッと体を硬直させ、大丈夫かと声をかけた両親に対して「大きな声を出さないで!ここは危ない、早くうちに帰らなきゃ、殺し屋がここにも追っかけてきている!」とひそひそ声ながら強い口調で話すのでした。自宅に戻っても自室にこもりっきりで食事とトイレ以外には出て来ようとせず、食事をする際には外から見られないようにと日中でもカーテンを閉めきることを強く両親に要求しました。盗聴器の探索や防犯カメラの設置を警備会社に依頼したり、夜は枕元に金属バットを護身用だと置いて休むようになったのですが、それでも安心できずにほとんど眠れていないようでした。このような状態が続いたDさんに対して、どのように対応して良いか分からず困り果てたご両親は、県の精神保健福祉センターに相談をしました。その結果当院受診を勧められ、両親に連れられて当院を訪ねて来られたのでした。